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このブログでは、主に助っ人外国人のことを中心に書いています。他にも書くかもです。

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名前: haru
性別:
血液型: AB
出身: 福岡県
サイト名: 鯉ログ ~広島カープ助っ人列伝~
サイト開設: 2017年1月11日

 

カープファンになったきっかけ

1980年代、カープに一人の助っ人外国人がいました。

カープファンならきっと御存知だと思います。「三振かホームランか」、「絶好調か絶不調か」と言われ続けた選手・・・・・そう「リチャード・ランス」。

 

彼の魅力にハマり、いつの間にかランスファン、カープファンになっていました。

 

インパクトという意味ではカープ史上最高のバッターと言ってもいいと思います。バットに当たればホームラン、でなければ三振。そんなバッターも本当にいるんです。

簡単に経歴を言うと、1987年入団、1年目でいきなりホームラン王(39本)獲得。しかし規定打席到達選手の中で最低打率の.218。おまけに三振王(114個)も獲得。 年間ヒット88本のうち39本がホームランという驚異のホームラン率。そして球団新記録の6試合連続ホームラン・・・などなど。

入団のときから長距離砲という期待を込められていました。なのでランスの役目はホームランを打つことでした。

その期待どおり1年目はホームラン王を獲得。

ホームラン王争いもバースに追いつかれると、突き放すといったような展開で最後までもつれ、2本差でタイトルを取りました。

 

しかし上半身だけで打つので体がぶれてなかなかボールがバットに当たらず三振が多かったです。チャンスで三振→ガッカリ、なんてことはよくありました。

 

打率も低く、三振も多いのでまわりがあまり期待していない分、打ったときのインパクトがホントに衝撃でした。たしか巨人の桑田をけっこう打っていた記憶がありますね・・・ちょっと曖昧ですが(^_^;)

 

でもこういうバッティングなのにどうしてランスが1年間フル出場できたのでしょうか??

それは、当時カープは今では信じられないぐらいの投手王国でした。北別府・大野・川口・津田・川端・金石・長冨・・・他にもいたと思いますが。

 

しかし打撃がホントに貧打でホームランバッターは衣笠ぐらいしかいなかったです(その衣笠も不調で連続試合出場の世界記録を樹立したこの年87年限りで引退)。

 

なので一発が打てるバッターが必要不可欠だったんでしょうね。 三振は多くても打ったときのインパクトが大きいので、なかなか代えられなかったというのが本当のところじゃないでしょうか。

 

そうそうあまりにもよく引っ張るもので、「王シフト」ならぬ「ランスシフト」なんてのも登場しましたね。なのでたまにレフト前ヒットなんか打つと、驚いたものです。

 

1年目のあまりの打率の低さと三振の多さに、2年目はコンスタントなバッティングが求められたのでしょう。なんと2年目は打率が一時.272まで上昇していたときがあるんです。

まぁその後は下降の一途をたどり最終的に.189まで下降しベンチをあたためる試合が多くなりシーズン途中で解雇されてしまいました(>_<)

 

ホームラン王のタイトルは取りましたが、正直決してすばらしい成績ではなかったです。

 

しかしランスのバットにはいつも不思議な魅力と危うい期待感がありましたね。

 

今はどこで何をしているのでしょうね・・・・。

 

ちなみにこれがランス!

     ↓↓

引退した山本浩二の穴を埋める大砲ランス選手。ホームランキング争いの本命である落合、バース両選手に交り、確実に本数を伸ばしている。 打率が低いのは気になるところだが、ランス選手の本塁打で広島打線に火がつくことも確実である。(1987年4~5月)

一発ホームランか三振か。まったく予想もしなかったホームラン王が誕生するかもしれない。ランスの強みは、チャンスに遭ってもリラックスしてホームランを打てること。

終盤戦、他のホームランバッターがお互いを意識する中、逃げ切ることも可能だ。(1987年8~9月)

本塁打王。落合、バースを尻目に、来日一年目にしてホームラン王を獲得したランス。シーズン中は、ホームランか三振かの極端なバッティングに終始したが、 ホームランは追いつかれると引き離すしぶとさを発揮して、来季への期待をつないだ。最終本数39。(1987年シーズン終了後)
昨季は来日一年目にして、クロマティ、バースら強敵を蹴散らしホームラン王(39本塁打)に輝いた。狙うは今季も連続のホームランキングだ。 投手陣が安定しているだけに、一発がチームにとっては心強い。課題は三振王返上のコンスタントなバッティング力。(1988年シーズン開幕前)

三振の数が減った分(昨年は断トツの三振王だった)だけ、威力も減少。終盤に入りベンチを温めるケースが増えているがその破壊力は無視できない存在。トップと7差(19本塁打=8月24日現在)は固め打ち次第で十分縮められる。勝利打点ではチームNo.1だけに復活が待たれる。(1988年8~9月)

※画像の横のコメントはカルビーのプロ野球カード裏面に書かれていたコメントです。